時を経ての新たな連載は、原作者の二次創作??

こんにちは、ほうりです。

私が二次創作にハマったきっかけになった某マンガの外伝が2017年の12月から1月にかけて短期連載で開始し、2018年、そして今年の2019年にも短期集中連載が決定しました!

おおよそ30年ぶりになる、毎冬連載される新作に、連載時からのファンや、スピンオフや派生作品でファンになった人たちの楽しみの声がツイートに溢れる一方で、

〇〇は所詮は原作者の二次創作ww
〇〇?何それ??原作者の二次創作でしょwwww

といった二次創作作家さんたちによる発言もチラホラみられて、こめかみのあたりがピクピクしつつあります(#^ω^)

この後に「だから自分の二次では採用しません~w」だの「原作者の二次創作を参考にするかどうかわかりませーんwww」といった発言が続くのですが、そもそも二次創作ってどういう意味か分かってんのかと小一時間ほど問いただしたくなります。

折角なので今回は二次創作とは一体何かについてと、連載終了から20年ないし30年以上間を空けた連載を原作者の二次創作と呼ぶのは相応しいかについてまとめました。

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二次創作のそもそもの意味について

二次創作とは、基盤となる漫画やアニメなどの媒体を下地にして、それらを元にして創作されたものの総称を示します。

昨今では、漫画やアニメ、ゲーム系の同人誌に対して用いられることが多いです。

元々は1990年代後半ごろに同人界隈でパロディの言いかえとして登場した表現であるが、原作者監修のメディアミックス作品等(他の作家が似せて描いた漫画など)を含む場合もある。 多く場合は「二次創作」と言えば、 原作者(もしくは主権利者)が一切関与していない非公式のファンによる作品を指す。

ニコニコ大百科

原作者によって紡がれて完結した漫画やアニメ、もしくはゲームの中で、

もしも敵として散っていったあのキャラがこの時に味方になっていたらとか、

瀕死の重傷を負って、この後天に召されるハズのキャラクターをあのキャラクターが助けに来たらとか、

AとB(同性・異性問わず)は面と向かっては言わないけれど、実は隠れて愛し合っていたりしたらとか、

そういった無限の可能性を秘めているのが二次創作の醍醐味だったりします。

二次創作=ファンの熱い応援の形


多かれ少なかれ、腐向けやBLと呼ばれる作品であろうと、二次創作の大本の基盤はその作品に対してのあふれ出しそうな情熱と愛情と敬意です。

それこそ連載終了してから10年経とうが20年経とうが、出会った時期が遅かっただけ、萌えるから書くという気持ちは何人たりとも抑えることできないものです。

だからこそ、どれだけ時が経過しても、今でもこのジャンルを好きであり、同じキャラを推している同志を見つけると例えようもない嬉しさを感じるのも事実なのです。

二次創作でもそれだけ嬉しいなら、原作者が連載終了した作品の続編を短期であろうが書いてくれるのは、この上ない燃料投下になると普通は思います。

原作者の二次創作って本当にあるの?


基本的に原作者が終了した作品の続編を20年~30年の時を経て書いた場合でも、本人が「これは二次創作です」と明言しない限り、正当な続編として考えられます。

また、主人公以外のキャラクターを添えて新たな話を書く場合も、『スピンオフ』『外伝』『派生作品』という位置づけになるため、こちらも原作者の二次創作とは言い難いです。

あくまでも二次創作は、原作者が関与していない第三者が想像して創造した創作物を指します。

じゃあ原作者の二次創作って何?


繰り返しになりますが、二次創作とはファンアートや二次的著作物であり、原作者以外のファンが手掛けたものを指します。

厳密に言えば、月日がどんなに経とうと原作者が書いた作品は二次創作ではなく『スピンオフ』『外伝』『派生』の位置づけになります。

原作者以外の作家が手掛けた作品であっても、原作者の目に留まり正式に許可を得た場合も『スピンオフ』『外伝』『派生作品』として取り扱われます。

つまり「〇〇は、原作者の二次創作だから云々」という言葉は、非常に矛盾しているわけです。

何故そんな発言が出てくるの?

ではどうして原作者が関与しない、一ファンでしかない人たちの口からそんな言葉が出てくるのか。

それは、長い間原作の部分で余白だった部分を自らの二次創作で構築している世界を持っているからです。

何度も言いますが、二次創作は原作で語られなかった隙間や余白を自分たちで想像して創造していくのが醍醐味です。

特に連載が終了した作品に対してその傾向が顕著に現れます。

連載時にはその部分には触れなくて、もう終了してから何十年も経っているのであれば、個々による原作の余白の妄想はそれなりに基盤を固め、その上に自分たちの二次創作を構築します。

そして二次創作であれども「こういう解釈メチャクチャ同意!」「そのキャラの背景はそういうわけなんですね萌えます!!」という同志やファンも付いてきます。

しかしどんなに同志やファンが付こうとも、言い方は悪いですが所詮は非公式の二次創作。

20~30年ぶりの時を経て、原作者自らによる連載時に謎のままにされていた部分の解答を描かれるとなれば、それはれっきとした公式作品になり、原作の隙間の空想を無かったことにされる可能性があり自分たちの世界を根底から覆されるのは必至です。

だからこそ、20年~30年ぶりの原作者の新たに作られた物語を「原作者の二次創作だ」と免罪符を用いて、自分たちが築き上げてきた二次創作の世界を守ろうとするのです。

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二次創作は原作者あってのものである

例え二次創作とは言えども、ずっと長い間その解釈やスタンスでやってきたのを根底から覆されるのは、自分たちのアイデンティティの崩壊と言っても差し支えないかもしれません。

20年~30年も経過して発表された作品ともなれば、読む読まないはその人の自由だと思います。

読んだとしてもその作品はそれとして受け止めて、『あくまでも自分は今までのスタイルで行きます』というアナウンスだけでも、多くのファンや同志は納得してくれるでしょう。

本来ならば非公式の二次創作と呼ばれるものは著作権的なアレコレもあり、原作者がその気になれば訴えられても文句は言えません。

しかし今日まで二次創作が衰退しないでここまでこれたのは、多くの原作者たちの寛大な心だと断言します。

あなた方がやっている二次創作は、一体誰が苦労をして生み出したものなのでしょう?

あなた方が、原作の謎のままに残された部分を二次創作で補完したいと思うほど、心を傾けているその作品を生み出したのは誰なのでしょう?

原作者が時を経て生み出した新たな物語を、「原作者の二次創作である」という風に思うだけなら勝手です。

しかし実際に口に出して言うべきことではないと私は考えます。

『沈黙は金雄弁は銀』という諺がありますが、ただ黙って自分の世界を貫くのが、作品を生み出した原作者に対する敬意の示し方の一つだと私は思います。

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